水田のものがたり
茂田井春日向反(もたいかすがむかいぞり)地区は、浅間山と蓼科山の美しい眺めと、何枚もの水田を見渡せる絶好の場所です。ここで米作りを行っている伊藤盛久(いとうもりひさ)さんは代々続く農家の家系で、農業高校を卒業後、父親から後を継ぐよう言われ、そのまま農業の道を進みました。「盛ちゃん」と皆から呼ばれる盛久さんは、年齢を感じさせない若々しさ、経験を重ねた包容力を感じさせる魅力的な男性です。彼の手がける水田に一目惚れした大澤酒造の13代目蔵元、大澤進(すすむ)さんが「この米で酒を造りたい!」と、盛久さんに協力を求めたことがふたりの出会いのきっかけでした。進さんは「酒造りも米作りも、ものがたりが大切だ」と常に語り、米作りには「ながのほまれ」という飯米を使用し、苗を手植えするなどストーリーを大切にしていました。盛久さんも「疎植1 本植えでやってみたら、台風が来ても倒れない丈夫な稲に育った」と話し、この米と手植えに興味を持つ人々が手伝いに来るようになったと述べています。この「ながのほまれ」で仕込んだ日本酒『信濃のかたりべ』をきっかけに異業種交流会の「かたりべの会」が発足、新酒が仕込まれるたびに会のメンバーも味見に訪れるようになり、お酒と水田、そして盛久さんの魅力によって、人々が自然と集まる場所になったのです。その後、大東文化大学、長野大学や早稲田大学、法政大学など大学の教授や学生たちもゼミの一環として田植えと稲刈り、はぜ掛けの作業を体験するためにやってきました。しかし、コロナ禍により交流が途絶えてしまったこと、退職する教授も多くなったということで人手が足りず、現在は機械植えとなってしまったことは残念でなりません。
フリースクールの子供たちのどろリンピック
盛久さんは『信濃のかたりべ』を仕込むための水田だけでなく、フリースクールの生徒たちが農業体験をするための水田も管理しています。フリースクールとは、学校に通えない理由を抱える小中高生が、学校以外の場所で学びながら過ごすための場所です。2018年には教育機会確保法が施行され、国もフリースクールの重要性を認めて小中学校との連携を進めており、文部科学省は、学校に復帰することだけでなく社会的な自立を支援することを目指しています。盛久さんは国が動き始めるもっと以前から、フリースクールの子供たちとの交流を深めていて、東京都三鷹にあるフリースペースコスモとは約25年の繋がりがあるほどです。子供たちが向反にやってくると、田植えの前の水田がテーマパークに変貌し、綱引きやドッジボール、どろだらけで動きまわる「どろリンピック」など、楽しみながら動き回る光景が広がります。子供たちは最高の遊びと田植えを体験し、公民館で宿泊して充実した時間を過ごします。
この公民館が手狭になったため、盛久さんの妻である元教員の君子(きみこ)さんが退職後、「農学舎 希望の里 盛ちゃん」という場所を作りました。公民館よりも過ごしやすく泊まれるようにと、風呂や調理場があり、自分たちで食事の用意もできるのです。フリースクールの教員達と盛久さんは、米作りと子供たちの成長について多くの共通点を見出し、意見交換を行いました。例えば米を育てるにはどれくらいの肥料をどのタイミングで与えれば良いのか、毎日変わる気候どう対処するのか、作物本来が持つ能力をどう引き出すのか、子供達の育てかたと米作りに共通するテーマも多岐に渡ります。盛久さんは「百姓と教員が一緒に話すことは少なかったが、希望の里を始めてから同じ視点で会話するようになった」と話します。中には7年間にわたって農業体験に参加した子供たちもおり、フリースクールを卒業して学校に戻ったり仕事を始めたり、更には教師になった人々もいるのだとか。「不登校を経験し、それを乗り越え教師になったのだからそれはそれは良い先生なんじゃないかな」と盛久さんも嬉しそうに話します。盛久さんと君子さんの伊藤夫妻だからこその環境と空間、ここでの交流は他では得られない素晴らしい体験なのです。
兄弟が守る大澤酒造
旧中山道の茂田井宿は、佐久市と北佐久郡立科町にまたがる宿場町で、今もなお白壁が続く美しい風情のある街です。1689年創業、今もなお酒造りを続けている大澤酒造は、14代目蔵元の大澤真(まこと)さんと弟の実(みのる)さんが杜氏として蔵を経営しています。蔵の敷地内には大澤酒造民族資料館、しなの山林美術館、名主の館書道館もあり、地域の文化や蔵の歴史を後世に伝えています。特に注目されるのは、創業当時の酒を残した白磁古伊万里の陶器で、日本最古の酒が保管されていたこと。280年前の古酒は1969年に分析のために使用され現存していませんが、長い歴史のある大澤酒造だからこそ残っていたのでしょう。そんな長きにわたって酒造りをする大澤酒造の主要銘柄「明鏡止水」は、心に邪念がなく明るく澄みきった心境のたとえで、まさに穏やかな口当たりと澄み切った味わいですっとキレる銘柄名通りのお酒。1989年にこの『明鏡止水』を発売して以来、一躍注目を浴びるようになりました。人気を二分する『勢起』は、明治から昭和の激動の時代に大澤酒造を支えた真さんの曾祖母の名前にちなんで命名され、長野県木島平村で栽培される酒造好適米「金紋錦」を使用し、2年以上熟成させた後に出荷されるお酒です。まろやかで滑らかな口当たりで気品に溢れ、複雑な香味に引き込まれます。
そして、盛久さんが作付けしている米で造るのが『信濃のかたりべ』です。最初は飯米の「ながのほまれ」で造っていましたが、粘りのある飯米はどうしても麹造りが困難。5年ほど経ってからは酒造好適米の「ひとごこち」に変更し、実さんが杜氏になってからは「もっと自分が納得いく酒にしたい」と更に試行錯誤しながら酒質を高めていっています。純米酒でありながら吟醸のような綺麗な香りとすっきりとした酸、膨らみのある味わいで飲み疲れせず、長く語らうには最適のお酒です。多くの人たちと手植えをしてきたこの米ですが、盛久さんは「コロナ禍で人が集まる機会も減ってしまった」と寂しそうに語ります。しかし、盛久さんの情熱が語り継がれ、次の若い世代が「信濃のかたりべ」に込められたストーリーに続く、新たなものがたりを築くと信じています。
信濃のかたりべ
14代目蔵元の大澤真さんと杜氏の実さんの代になってから、春日向反のひとごこちで、試行錯誤しながら酒質を高めてきた「信濃のかたりべ」。純米酒でありながら吟醸のような綺麗な香りとすっきりとした酸、膨らみのある味わいで飲み疲れせず、長く語らうには最適のお酒です。
酒米:ひとごこち
精米歩合:59%
大澤酒造株式会社
Osawa Sake Brewery
和醸良酒で、唯一無二の個性を醸す
旧中山道茂田井間の宿にひっそりと佇む、元禄2年創業の蔵。代々伝えられていた創業時の酒が日本最古の酒として評価された。蓼科山の良質な伏流水と県内外の選りすぐりの酒米を原料に、伝統と革新の技術で透明感と米の旨味を大切にした心に染み入る酒。また、敷地内には大澤酒造民俗資料館、しなの山林美術館、名主の館書道館を併設し、旅人の目を楽しませている。
長野県佐久市茂田井2206
TEL:0267-53-3100
蔵見学:不可(資料館 美術館 書道館は可)