橘倉酒造


臼田 | 金紋錦
  

初心者マークの田植え作業

「酒の魅力を高めるためには自分たちも米作りをするべきである」と考えていたのが19代目蔵元の井出平(いでたいら)さん。
そんな時、長年農家へ貸していた18代目蔵元 井出民生(たみお)さん所有の臼田にある複数の水田が2022年に返却されたことをきっかけに、ました。これを機に明徳さん指導のもと、これらを橘倉酒造の自社田として、社員による酒米づくりの取り組みが始まりました。それを指導しているのは井出明徳(いであきのり)さん。りんごの栽培から始まった農業を代々営む家系で、明徳さんは5代目となり、若い頃は車の整備をするサラリーマンとしても働く兼業農家でした。「父が他界したのをきっかけに専業となりました」というも20年以上前のことで、今はすっかり米作りのプロフェッショナルです。整備士だった経験を生かし、機械の修理などもこなせる、地域でも頼りになる農家です。臼田に蔵を構える橘倉酒造は長年の間、酒造りで使用する米は明徳さんに委託し、強固な信頼関係を築いていたので、米作りの先生としてまさに適任だったのです。
自社田を始めるにあたり、平社長が決めたことがあります。それは、たとえ綺麗に苗が並んでいるとは言い難いとしても、あえて手植えでやるということ。社員一丸となっての手植えの体験が、酒造りのスタッフだけでなく、営業や事務業務にも糧になるだろうと考えています。

そこへ、2022年度に長野県内で問題発生、「ひとごこち」と「美山錦」が不足となってしまいました。橘倉酒造だけでなく、多くの農家と酒蔵が頭を抱える問題です。そこで橘倉酒造は、翌年から作付け面積を増やすよう依頼し、地元産美山錦の確保に乗り出しました。こうした依頼にも瞬時に応えられるのは、広い土地とプロのなせる技なのかもしれません。蔵では、およそ200年前に開催していた新酒献上祭を現代版に復活させ、その年に仕込んだ日本酒を酒造りの神に捧げる神事を毎年行っています。明徳さんも地元代表として参加しており、毎年楽しみにしているといいます。自分が作った米で醸されたお酒は必ず口にするようで、生産者しか感じることのできない味わいがあるのではないでしょうか。

小さな水田から始める自社栽培

臼田には日本一のパラボラアンテナを持つ臼田宇宙空間観測所があり、1984年の開所以来「星のまち うすだ」として知られていて、 街には至るところに星座モチーフが描かれ、通りには星座の名前が付けられている箇所もあります。
そんな壮大でロマンチックな星や 宇宙の街のイメージとは対照的に、橘倉酒造に一番近くの自社田はとても小さな 可愛らしいサイズ。地元では「ローズ裏」で通じるという、蔵のすぐ裏手のローズ美容院のすぐそばで、千曲川にかかる住吉橋を渡る と見えてくる、民家の脇のこぢんまりとした場所。2020年、ここから自社栽培に取り組みました。「このあまり広くない場所で、手植えで、しかも初めての作業には苦労が多い」と平さんは言います。 長年、委託栽培をしている明徳さんの指導を受けながら始めた金紋錦の栽培は、手探りの連続。明徳さんは「長年やっているとその土 壌は砂地なのか粘土なのかというのはすぐに分かります。それによって肥料の量、作業のタイミングが変わってきます。

単純に考えると同じ量の肥料たった場合、粘土質の方が保ちがいい。しかし作業 性は悪く、砂地の方が作業効率は良い。ところが収量に関して言えば圧倒的に粘土質の方が多い。その辺の基本的なことを考えながら、 橘倉酒造の水田のアドバイスをしています」と、自社栽培に懸命に取り組む橘倉酒造の心強いパートナーです。「水田の価値は、個々の考え方次第だし個々でこだわるしかない。結局、自分が作った米が一番美味しいと思うし、愛着も湧くんだよね。だからスタートはそれでいいんじゃないかな」と明徳さんは語ります。橘倉酒造の銘柄 である『菊秀 純米』や『純米大吟醸 蔵』は明徳さんに依頼してい る美山錦を使用していますが、2023年冬から仕込むお酒には、このローズ裏の金紋錦も仲間入りすることでしょう。米にも愛着が湧き、 今までとはまた違ったこだわりの酒造りが始まっていきます。

金紋錦の復活

金紋錦は、長野県で1956年から品種改良が始まり、山田錦とたね錦を交配して1964年に品種登録された酒造好適米です。しかしながら、初期の段階では栽培が難しいという課題や、精米が難しいという問題があり、金紋錦離れが続いてしまいます。困ったのは品種登録された時から栽培に取り組んできた北信州の木島平村の農家でした。そこへ手を差し伸べたのが石川県を代表する老舗酒蔵です。米の買取りだけでなく、米作りの指導も行うなど農家と共に金門錦の品質向上に努めました。それにより、2006年から飯山の蔵でも使用されるようになり、2016年以降は県内の多くの酒蔵が金紋錦で酒造りを行うようになったのです。こうして、稀有な経緯を経て復活した金紋錦は、幅広い味わい、熟成にも向いている魅力的な米として再び注目を浴びます。2014年からは、県内の酒販店や農家が中心となって金紋錦サミットが開催されるなど、金紋錦を守るための活動が行われてきました。この小さな水田で農業初心者の蔵人たちが金紋錦を育てていくと決めたのも、その魅力に虜になったからなのでしょう。明徳さん指導のもと、不揃いだった苗たちはスクスクと力強く育っていきました。

金紋錦で醸す『無尽蔵 ORO』

手植えで育てた金紋錦で酒造りを行うのは、臼田の橘倉酒造です。創業は元禄9年(1696年)、330年も酒造りを営んできた蔵。橘倉とは平安時代の先祖である橘姓に由来し、“橘の酒” という意味で名付けられました。併設している資料室「不重来館(ふじゅうらいかん)」には、長い歴史の中で交流のあった勝海舟や渋沢栄一といった政治家や文化人の書、絵画などが展示されており、酒造りだけでなく近代史も辿ることができる貴重な場所。思想家との親交、政治との関わり、地域経済の発展も担ってきたのが橘倉酒造なのです。銘柄には、クラシカルな味わいの『菊秀』、季節感を楽しむ旬のお酒『無尽蔵』があります。また、低アルコールで飲みやすいスパークリング日本酒『発泡性純米酒たまゆら』も人気。

特に『無尽蔵』は2016年の伊勢志摩サミットで、各国のメディアや政府関係者の土産品に選ばれるほどの評価を受けました。今まではひとごこちを主に使ってきましたが、自社田を始めた後に新しくリリースした『無尽蔵ORO』では金紋錦を全量使用しています。ひやおろしとして出荷された『尽蔵 ORO』は、夏を越えほんのりと熟成が感じられ、角が取れてまろやかな口当たりになり複雑なコクとうま味で、熟成に向いていると言われる金紋錦ならではの、時間の経過と共に美味しさが増している仕上がりです。蔵人たちが丹精込めて育てた米で仕込まれた酒、出来上がった『無尽蔵 ORO』は、造り手も飲み手も金紋錦の奥深い魅力を存分に体験することができるでしょう

無尽蔵 ORO

自社田の金紋錦で醸した「無尽蔵ORO」。夏を越えほんのりと熟成が感じられ、角が取れてまろやかな口当たりになり複雑なコクとうま味で、熟成に向いていると言われる金紋錦ならではの、時間の経過と共に美味しさが増している仕上がりです。金紋錦の奥深い魅力を存分に体験することができるでしょう。

橘倉酒造株式会社

Kitsukura Sake Brewery
遠く元禄の昔から…

酒は自然の賜物

美しい佐久の美しい酒

元禄初期の創業より三百有余年。先人の志と技を継承し酒造りの伝統を育む。先祖は平安時代の「橘姓」に続くといわれ橘の酒倉の意から橘倉を屋号とした。人、自然、歴史を大切に、佐久に根差した酒造りを目指し、時代の要求を的確に捉えあま酒やそば焼酎、料理酒などこだわりを発揮。酒は自然の賜物。醸造を通じて人々に貢献することを重んじている。併設する橘倉資料室「不重来館(ふじゅうらいかん)」では三百年前の古文書や近・現代の志士・政治家歌人などの書を展示。(一般公開は第3土、日曜日で要予約・確認)。

長野県佐久市臼田653-2
TEL:0267-82-2006
蔵見学:可(要予約)

橘倉酒造株式会社
水田一覧へ戻る