黒澤酒造


田崎集落 | ひとごこち
  

風が吹き抜ける小高い水田

小海線の八千穂駅からほんの50メートルほどの丘の上に位置する崎田集落。駅のある穂積地区と崎田を結ぶ生活道路は、急斜面のヘアピンカーブになっていて、枝垂れ桜や大きな杉の木がそびえ、しっとりとした空気が漂っています。この魅惑的な道を進むと、浅間山から八ヶ岳まで一望できるスポットが現れ、風に包まれているかのような感覚が広がります。道の脇には「佐久穂町指定文化財 崎田原遺跡」と書かれた立て札が立っていて、昔から多くの石器や土器が見つかっているところ。この地域は千曲川から離れていて水害の心配が少なく、山々に囲まれた場所で、人々にとって生活しやすい場所だったのかもしれないと、南佐久を代表する遺跡で古代へ思いを馳せることが出来るでしょう。

遠くを見ると、比高200メートルほどの場所にテレビ塔が見えます。それは蟻城の南城跡であり、西には西城、山の北麓には北城があり、この3つの城が一体となって築かれました。蟻城の城主には、佐久出身の小宮山丹後守という人物の伝説も残っています。彼は後に甲斐に移り、武田氏に仕えたと言われていますが、詳細は不明です。しかし、遺跡や城の跡地は、歴史を感じる空間として確かな存在感を放っています。そして、遺跡の横に広がるのが、黒澤酒造の水田です。長い間米作りに携わってきた経験から他の専業農家の水田と同じく、整然と整えられた美しい苗たちが元気に並んでいるのを見ることが出来ます。

農業と向き合い自然との調和を追求する

1858年に設立された黒澤酒造は、明治時代になると事業を広げ、銀行業や味噌醤油の製造、呉服、薬の分野にも進出し、屋号「マルト」が誕生しました。この名前は太陽を象徴する「マル」と昇る「ト」の意味で、日本酒の銘柄としても使われています。現在の黒澤酒造は兄の黒澤孝夫(くろさわたかお)さんが6代目社長、弟の洋平(ようへい)さんが杜氏を担っており、代々契約農家との協力により全ての銘柄に長野県内産の米を使用しています。2005年からは、創業当時からの「地域に根ざした酒づくり」の理念を更に深め、この場所で酒造好適米の育成にも取り組んできました。まさにここが自社水田の原点、スタートとなった場所です。初年度は、大変な努力を要し、特に農作業の機械を所有しておらず、手押しの田植え機を使用して時間をかけて行われました。それでも自社田を持つことで、「この風景と共に酒を醸していきたい」という思いが強くなっていき、年を追うごとに拡大してきました。

自社農場もこの近くにあり、白瓜や茗荷を育てています。いずれも、日本酒を搾った後に出る酒粕を使用した漬物に加工され、肉厚でシャキシャキとした食感の白瓜や香り高い茗荷が、風味豊かな酒粕と絶妙にマッチした、隠れた人気商品です。黒澤酒造では日本酒の他に、リキュールや焼酎も製造していますが、蒸留酒の原材料である蕎麦や、梅なども自家栽培です。こうした農作業の経験が、自社での米作りに向き合う意欲を高め、スタッフが協力し合いながら米作りと酒造りを両立させています。水田で育てられる酒造好適米は長野県で誕生した「ひとごこち」で、寒さに強くて倒れにくく、早稲のためこの地に適した品種とされています。水量は多くありませんが、透明感のある秩父系の水が苗を育て、田植えが終わった初夏は苗の緑も色濃くなり、夏になると成長した稲が水田を覆い花を咲かせ、秋は黄金色の稲穂が一面に広がります。こうして収穫された米は乾燥され、精米されて酒造りの工程に入ります。黒澤酒造は精米も自社で行っており、一年を通じて常に米と向き合っていると言えるでしょう。米を育て、精米し、醸造する。これが黒澤酒造の、農業と向き合った酒づくりの真髄です。

「ひとごこち」で醸される『黒澤 生酛 純米穂積』

この水田で収穫された「ひとごこち」を用いて醸されたお酒が『黒澤 生酛 純米穂積』です。生酛は酒母をつくる手法のひとつで、蔵の中に生息する乳酸菌を自然に取り込むことで酒母を酸性にして雑菌を抑えていきます。酒母が出来上がるまでに時間もかかりますが、蔵の特性や技術が出やすいのも生酛の特徴。『黒澤 生酛 純米穂積』は、生酛仕込みでしかも酵母無添加で醸造しています。本来、酵母を添加してその力で米が発酵し、でんぷんが糖分に分解されアルコールへと変化しますが、蔵付きの酵母が舞い降りてくるのを待ちながら発酵させる神秘的な昔ながらの製造方法。こうして醸されたお酒は、甘やかな香りとまろやかな口当たりが特徴。ふくよかで柔らかい酸が全体を包み込み、余韻の長い味わいを楽しめます。自社田、自社精米、そして生酛造り。これらが黒澤酒造の独自の風味へとつながっています。

黒澤 生酛 純米穂積

崎田集落の水田で収穫されたひとごこちを用いて、生酛仕込み酵母無添加で醸造しています。甘やかな香りとまろやかな口当たりが特徴。ふくよかで柔らかい酸が全体を包み込み、余韻の長い味わいを楽しめます。自社田、自社精米、生酛造り。これらが黒澤酒造の独自の風味へとつながっています。

黒澤酒造株式会社

Kitsukura Sake Brewery
北八ヶ岳山麓 千曲川最上流の酒蔵

千曲川最上流の蔵元として冷涼な気候、澄んだ空気、そして良質な千曲川の伏流水を生かし安政五年の創業以来、地域に根ざした清酒造りを行っている。原料米は全量を長野県産米に限定し、自社栽培など農業と深く関わりながらの酒造りを行っている。伝統と経験を大切に新たな発想と挑戦を続けている。通常の倍の時間をかけて酵母を育てる伝統製法「生酛造り」の奥行きのある、旨味のある骨太な酒にこだわり続け、食事に寄り添えるおかわりしたくなる酒を目指している。

長野県南佐久郡佐久穂町穂積1400
TEL:0267-88-2002
蔵見学:不可(酒の資料館入館無料)

黒澤酒造株式会社
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