芙蓉酒造


大沢 | ひとごこち
  

お宮さんに見守られた水田

佐久市大沢、地元では御岳と呼ばれる場所で米作りを手がけるのは小泉重幸さんです。もうすぐ80歳に手が届きますが、ピシッとした背筋と軽快な動きに驚かされ、何よりチャーミングな笑顔が魅力的。小泉家は代々宮大工、重幸さんが28歳になるまでは兼業農家で、28歳の時に東京へ就職していたお兄さんが佐久へ戻ってきたのをきっかけに専業農家の道に進みました。コシヒカリの作付けを基本として、「高原のしずく」というブランド米は絶品で素晴らしい品質を誇っています。この地域は千曲川水系で、ケイ酸類が多く稲を育てるには最適だと小泉さんは言います。水稲は育成にケイ酸を多く必要とするため「ケイ酸作物」と呼ばれています。水稲がケイ酸を豊富に吸収することで、葉や茎が丈夫になり光合成の効率が高まり、病害虫への抵抗力も高まるといういいことずくめ。「水がよく、寒暖差があり、米を育てるには最高。食味が良くて甘さがあり粒も大きく美味しいお米が出来るんだよ。」とコシヒカリに絶対の自信を持っています。

美味しいコシヒカリが出来るのであれば酒造好適米も良いものができるはずと、ひとごこちの作付けも行なっています。ひとごこちを育てるにあたって特別なことはしていないと小泉さん。「米作りしやすいところは、酒造好適米でもコシヒカリでもちゃんと育つ」のだとか。この水田の近くには諏訪社が鎮座しています。創建は不明ですが、元々は水神が祀られ1747年に諏訪神社になったようです。集落の一角、本殿は板塀で囲まれているものの、神聖な空気が漂い、しんと静まり返っていて、暑い日でもここだけ涼しく感じるほどに空気感が違います。小泉さんにとっても「10時と15時の休憩時間はここでお茶をするんだよ」と、仕事の疲れを癒す大事な場所のよう。諏訪社に見守られながら育っていくひとごこちも、この神聖な空気を纏っているようです。

佐久の風物詩 フナが育つ水田

ひとごこちが育つ向かい側にある、小泉さんが手がけるもう一つ水田では、フナが泳ぐ姿を見ることができるかもしれません。1965年頃から始まった水田フナ養殖。もともとは、江戸時代から続く水稲と鯉を養殖する稲田養鯉が盛んでしたが、その後、鯉はため池などで養殖されるようになり、水田では徐々にフナが養殖されるようになりました。小泉さんも小鮒養殖を行なっていて、5センチ程度まで育てます。5月頃、親ブナに産卵させ、水田で孵化させるところからスタート。小さくフナとはわからない形状でとても可愛らしい赤ちゃんフナです。約半年間、餌を与えながら育て、稲の刈り入れ前の9月頃、水を抜きながらフナを追い込み収穫します。この養殖用のフナは川や湖に住んでいるギンブナ(マブナ)とは違い、ヒブナの中から黒く骨が柔らかいものを選抜して育てていった改良ブナと呼ばれる品種。小鮒は生きたままスーパーなどで売られ、各家庭で甘辛く甘露煮にする、佐久では秋の代表的な味覚なのです。また、水田はフナを育てているため農薬の使用が少なく、安全で美味しいフナ米として付加価値も付いています。

ひとごこちで醸した『金宝芙蓉 純米吟醸 Tsukuyomi』

小泉さんの育てたひとごこちは、芙蓉酒造の手によって日本酒に生まれ変わります。芙蓉酒造は1887年に創業、長い歴史と伝統を持ち、秋にコスモスが咲き誇り美しいフラワーベルトが街を飾る、コスモス街道と呼ばれる道沿いにあります。芙蓉酒造は日本酒だけでなく蒸留技術も優れていて、5代目の依田方伯(まさみち)さんが始めた焼酎委託製造により、「全国の農産物を焼酎にしたい」という想いを実現しているのです。定番の蕎麦焼酎から、レタスやえのきといったユニークな焼酎を請け負い、2020年には6代目となる昂憲(たかのり)さんがその技術を駆使し、地元のボタニカルを凝縮して完成させたクラフトジン『YOHAKHU(ヨハク)』は、信州を丸ごと感じられる味わいで、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)2022で焼酎ベースの国産ジン部門最優秀賞に輝きました。

醸造も蒸留も極める芙蓉酒造の主要銘柄は『金宝芙蓉』です。“これ以上ない最上級の美しさ” という意味が込められ、『金宝芙蓉 純米吟醸 Tsukuyomi』に小泉さんのひとごこちが全量使われています。"Tsukuyomi"は日本神話に登場する神の名前であり、月を表すものです。世界で初めての男女である三貴神(さんきしん)は、イザナギとイザナミのイザナギから生まれたアマテラス(天照大神)、ツクヨミ(月読命)、スサノオノミコト(須佐之男命)。アマテラスが昼を、ツクヨミが夜を治めることにより昼と夜の分離、つまり1日が出来上がったのです。こんなロマンティックな神話から名付けられたお酒は、まさに月を眺めながら飲むに相応しい味わい。フルーティーさを主体として、柑橘系のすっきりした酸と穀物系の香りがふわりと立ち上り、滑らかな口当たり。若干の苦みと甘みの余韻が続きます。美しい水田と美しい月を思い浮かべ、最上級の美しいお酒を堪能することができるでしょう。

よよいの酔

フルーティーな香りが広がりますが、アタックはしっかり目、飲み口はしっかりとしています。原酒ならではの滑らかでとろみのある口当たり、甘みの余韻が続いた後、アルコールの苦みと高めの酸で引き締まります。飲みごたえのあるお酒ですが、そのバランスの良さから重たく感じることはありません。

芙蓉酒造株式会社

Fuyou Sake Brewery
人と人、心と心を酒でつなぐ

1887年(明治20年)創業。佐久の東、荒船山の麓で創業以来酒を醸し続ける。代表銘柄「金宝芙蓉(きんぽうふよう)」とは、「最上級の美しさ」を意味し、酒造りに対する姿勢や生まれてくる酒に込めた願いの表れである。風土の恵みが与える多様性を尊重し、最大限に活かした手仕事の酒造りをモットーとしている。全国各地の地域産品を活用した焼酎加工事業も広く手掛けている。

長野県佐久市平賀5371−1
TEL:0267-62-0340
蔵見学:不可

芙蓉酒造株式会社
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