橘倉酒造


臼田 | 美山錦
  

契約農家の重要性

佐久市にて8町歩(約7.9 ヘクタール)の広大な水田を管理する井出明徳(いであきのり)さん。代々続く農家の5代目としてその歴史を受け継いでいます。今から30年前、18代目蔵元だった井出民生(いでたみお)さんが「地元で作られた米で酒を造ることに価値を見出すべきだ」との思いから「南佐久酒米部会」を設立し、地元のJAを通じて農家に酒造好適米の作付けを依頼する取り組みを始めました。現在は、黒澤酒造、佐久の花酒造、橘倉酒造の3社が、契約農家として酒米部会会長である明徳さんに栽培を委託しています。この部会は長野県農業試験場と連携し、土壌や米の分析を続け、その結果をメンバー全員で共有しています。これにより、酒蔵と生産者が協力して酒造りに適した米作りとはどうあるべきかといった取り組みに関する話し合いが可能となりました。橘倉酒造で使用する酒造好適米は、長きに渡り明徳さんへ、金紋錦とひとごこち、美山錦を委託栽培してきました。

そこへ、2022年度に長野県内で問題発生、「ひとごこち」と「美山錦」が不足となってしまいました。橘倉酒造だけでなく、多くの農家と酒蔵が頭を抱える問題です。そこで橘倉酒造は、翌年から作付け面積を増やすよう依頼し、地元産美山錦の確保に乗り出しました。こうした依頼にも瞬時に応えられるのは、広い土地とプロのなせる技なのかもしれません。蔵では、およそ200年前に開催していた新酒献上祭を現代版に復活させ、その年に仕込んだ日本酒を酒造りの神に捧げる神事を毎年行っています。明徳さんも地元代表として参加しており、毎年楽しみにしているといいます。自分が作った米で醸されたお酒は必ず口にするようで、生産者しか感じることのできない味わいがあるのではないでしょうか。

世界一の日本酒ツーリズムを目指して

橘倉酒造は、酒造り体験の扉を世界に開いただけでなく、時には、KURABITO STAYのお客様と一緒に酒米を育てています。『縁醸すプロジェクト』という「酒米づくりから酒造りまで佐久に通い、佐久の蔵人になる」をテーマにしたKURABITO STAYが主催する年間プログラムが人気です。プロジェクトメンバーであるお客様は、5月の田植え、9月末の稲刈りを経てできた愛しさ感じる酒米で、11月に酒造りを行います。

その舞台となる水田が、佐久総合病院老人健康施設の北側にある井出明徳さんが管理する水田。そこは、遠く浅間山まで見渡す限り水田が続く、空の広さがとても印象的な美しい農業振興地域です。水田の目の前に立つと、流れる豊富な用水の水量に圧倒されます。慣れないお客様にとっての手植えでの田植えは、手も足も、お尻も!、どろんこになりますが、作業後はこの豊富な用水の水で、泥を洗い落とせるという便利な側面も。農家さんの知恵を随所に学びます。橘倉酒造は、この臼田の地で、酒米づくりからの酒造り、そしてお客様同士のご縁も醸しています。

臼田用水

この橘倉酒造の水田に水を注ぐ豊富な用水は、佐久平用水のひとつの臼田用水です。佐久平用水は、佐久市南部の肥沃な水田地帯約を潤す用水で、その歴史は古く平安時代に遡るといわれています。氾濫を繰り返す千曲川を水源とする佐久平用水は、水の取り入れに苦労をしました。昭和24年から9年間の「県営佐久平かんがい排水事業」が行われ、臼田用水をはじめ野沢用水・城下用水・平賀用水の取水口を一つの取水堰に統合する大規模な改修により、安定した取水ができるようになりました。この取水堰からは最大毎秒8tを取水し、トンネルを通り稲荷山下にある、流水中の土砂などを沈殿させ流れから除くための沈砂池へと至ります。この沈砂池から土砂が取り除かれた清らかな水を、千曲川の左岸幹線用水である野沢・臼田・城下の各用水へは稲荷山公園の地下を再びトンネルで通水し、千曲川右岸幹線用水である平賀用水へは、千曲川の地下をサイフォンで横断させるなど、多くの土木技術を駆使して用水の安定供給を実現しました。

昭和40年代以降には圃場と用水路の整備が進み、臼田地区を始め城下、野沢、平賀地区の隅々まで用水が効率的に行きわたり、佐久市南部のお米の生産性が飛躍的に向上しました。現在では、良質なお米を育むほか、佐久の特産物である「佐久鯉」の発祥地として鯉を始め、ニジマスや信州サーモンなどの養殖にも活用されるなど、佐久地域の農業に欠かせない生命線となっています。

今後の挑戦と次へ繋げる酒造り

まだまだ若い明徳さんですが、広大な水田を所有していることから、将来的にはどのような方針で進めるべきか考えています。彼は「おそらく、自分の子供たちは農業を継がないと思います」と述べ、家族の農業の歴史が自分の代で終わる可能性があるといいます。「自分の考え方や活動、米作りは酒米部会や酒蔵が繋いでくれたらいいな、とは思っていますが…」と語る一方で、南佐久酒米部会の会員も高齢化が進んでおり、2023年の最高齢会員は88歳。年齢を感じさせない活発で若々しい部員たちですが、20年や30年というスパンで考えると、部会の維持も課題となっていくでしょう。高齢化と後継者不足という農業が直面する問題を前に、いくら酒蔵が酒を造りたくても原材料である米が無ければ酒を造ることが出来ません。

「米が足りなければ、水田を増やすのは簡単だと思う。離農する人が多く、自分の水田を使って欲しいということがよくありますから。しかし、人手を増やすことも難しく、いくら広くなっても自分の負担が大きくなるだけ。問題は山積みです。今後、農業を続けるためには、農業法人を設立し、必要な米は自分たちで作っていくことを前提にした動きをしないと今後は難しくなるのかもしれない。そのような取り組みを通じて、今後の課題に対処していく必要があるかもしれません」と橘倉酒造の平さんは危機感を示しています。日本酒の魅力や酒造りの意義、そして農家の重要性を伝えながら、伝統ある米作りと酒造りを次世代に繋いでいけるよう努力を続けることが大切だと感じます。

菊秀 純米酒

日本酒本来の姿を追求し、お米に対するこだわりとその個性、旨みを十分に引き出したお酒。穏やかな上立香で色味はなく、すっきり系の口当たりで程よい甘さがあり、軽めのコクとしっかり純米酒らしさがあるスタンダードな味わい。やや芳醇で酸味しっかり軽い苦味に後口キリッと締めてくれます。

橘倉酒造株式会社

Kitsukura Sake Brewery
遠く元禄の昔から…

酒は自然の賜物

美しい佐久の美しい酒

元禄初期の創業より三百有余年。先人の志と技を継承し酒造りの伝統を育む。先祖は平安時代の「橘姓」に続くといわれ橘の酒倉の意から橘倉を屋号とした。人、自然、歴史を大切に、佐久に根差した酒造りを目指し、時代の要求を的確に捉えあま酒やそば焼酎、料理酒などこだわりを発揮。酒は自然の賜物。醸造を通じて人々に貢献することを重んじている。併設する橘倉資料室「不重来館(ふじゅうらいかん)」では三百年前の古文書や近・現代の志士・政治家歌人などの書を展示。(一般公開は第3土、日曜日で要予約・確認)。

長野県佐久市臼田653-2
TEL:0267-82-2006
蔵見学:可(要予約)

橘倉酒造株式会社
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