山岳パノラマが広がる御牧ケ原
御牧ケ原は、標高700~800メートルほどの静かな丘陵地に広がる広大な台地です。蓼科山や北アルプス、浅間山などをぐるりと見渡すことができ、爽やかな風が吹き抜けています。信州は水が豊かな土地として知られていますが、実はこの地域は川の水には恵まれておらず、いたるところにため池が点在しています。その水源は蓼科山にある女神湖。かつては女神の山と呼ばれていた蓼科山に由来する名前の女神湖は、御牧ケ原農業水利事業によって造成されたもので、農業のための貴重な水を供給しています。御牧ケ原のため池は「みまき大池」と呼ばれ、女神湖からパイプラインで水を引き、大池で水温を上げてから水田に供給されています。ここの特産品は、白土馬鈴薯(はくどばれいしょ)と呼ばれるじゃがいも。品質は通常の男爵いもと同じですが、御牧ケ原特有の強粘土質の赤土によって白く美しいじゃがいもとなり、ブランドとして評価されています。強粘土質は作付けも良く、食味分析鑑定コンクールで金賞を受賞した農家もあるほど。
この地で、御牧ひまわり農園の掛川育臣(いくみ)さんも米作りを行なっています。掛川家は代々ライスセンターの経営をしながらの兼業農家で、育臣さんが農業を引き継いでから少しずつ拡大していき、コシヒカリなどの米作りとミニトマトの栽培を中心に行っています。酒造好適米を扱うようになったのはまだ5年ほど。ある時、小諸の地域おこし協力隊からの紹介で大塚酒造の杜氏である大塚白実(きよみ)さんと出会ったのがきっかけでした。大塚酒造では以前「あさまおろし」という銘柄を亀の尾で造っていたため、亀の尾を作付けしてもらえないかと提案します。亀の尾は、1893年に山形県で発見された稲穂。冷害の中その3本だけが生き残っているのを発見し、研究を重ね、量産に成功しました。しかしその後1970年代にはすっかり途絶えてしまったものの、新潟県にある蔵が復活に奮闘し注目を浴びたのです。しかし、亀の尾は非常に栽培が難しい品種であり、育て難さと収量の少なさで1年で断念せざるを得ませんでした。「簡単に出来るお米でもないですし、あさまおろしも簡単に造る酒ではないので、またいつか機会をみて挑戦したいです」と白実さん。亀の尾の復活劇のように「あさまおろし」の復活もあるかもしれません。
女性タッグで小諸の地酒を醸す
小諸唯一の酒蔵、それが大塚酒造です。蔵元は大塚孝子さん、杜氏はその娘である白実さんという女性タッグです。先代の杜氏が高齢のため引退を考えていると知り、「自分が蔵を継ぐしかない」と決心したのが25歳の時。先代に付きながら酒造りを学び29歳で独り立ちしたのですから、どれほど覚悟と努力があったのか計り知れません。主要銘柄は『浅間嶽(あさまだけ)』。県内の酒蔵のほとんどが軟水の中、大塚酒造の仕込み水は県内随一の硬水で、それが『浅間嶽』の個性を生み出しています。育臣さんのひまわり農園には、亀の尾を断念した翌年からひとごこちと山恵錦の栽培を委託しました。「この山恵錦で造ったお酒がお客様から好評でした。自分でも造っていて手応えがあったんです」と白実さん。
以来、ひまわり農園での酒造好適米は山恵錦のみ栽培しています。最初の頃は酒造好適米に慣れていないこともあり、米が割れるといったトラブルもありました。しかし、ひまわり農園の強みは自身のライスセンターがあるということ。ライスセンターは脱穀直後の高水分もみの乾燥、もみすり、精選などを行う場所。酒造好適米にあった乾燥具合を細かく調整、研究するようになりました。ふたりはまだ知り合って数年ですが、「今後はお互いにどんどん意見を言い合って更に良い米にしていきたい。女性同士ということで分かりあえる部分も多いと思うんです」と育臣さん。そして「小諸の米で小諸の地で酒を醸すのはうちしかできないこと。これこそ地酒、ずっと続けていきたい」と白実さん。今後、二人の女性だからこそ造れるお酒が生まれることは間違いないでしょう。
『浅間嶽 純米吟醸 山恵錦』の誕生
「浅間嶽 純米吟醸 山恵錦」は、育臣さんが育てた山恵錦を用いて醸されたお酒です。若干の青っぽさとラムネにも似た爽やかな香りが寄り添いあい、綺麗な甘さと滑らかなうま味が口の中で広がり、ミネラル感と味のボリュームもありながら重すぎず、上質な甘さの余韻が心地よい1本です。「もちろんお酒は白実さんが造っているんですけど。このお米は私が育てたんだよって自慢したくなります」と、育臣さんも日本酒が出来上がると喜びが湧き上がるようです。しかし一方で、育臣さんも自身の経験を通じて、農業の高齢化と人手不足が大きな課題であることを理解しています。一人でこなすのが難しい部分もあるため、若い世代の育成や法人化など、未来の農業を考える上での課題も抱えています。「これ以上高齢化が進むと、他の水田も私たちが手がける必要が出てくるでしょう。今は父がいるおかげで周りも認めてくれていますが、今後、娘に出来るのか?と思われたくなくて。やってやるぞ!と心に決めています。」と情熱を語ります。これだけの意欲があり、農業への愛に溢れる育臣さんなら、きっと農家と酒蔵の未来を明るくしてくれることでしょう。
浅間嶽 純米吟醸 山恵錦
「浅間嶽 純米吟醸 山恵錦」は、育臣さんが育てた山恵錦を用いて醸されたお酒。若干の青っぽさとラムネにも似た爽やかな香りが寄り添いあい、綺麗な甘さと滑らかなうま味が口の中で広がり、ミネラル感と味のボリュームもありながら重すぎず、上質な甘さの余韻が心地よい1本。
酒米:ひとごこち
精米歩合:59%
大塚酒造株式会社
Otsuka Sake Brewery
城下町 小諸で醸す 日々の食事に寄り添う酒
江戸末期創業。城下町・小諸で唯一の酒蔵︒酒造りに適した寒さ厳しい小諸の風土で、長野県産の米と浅間山の伏流水で仕込んだ銘酒「浅間嶽」を醸している。明治時代には島崎藤村が小諸滞在時に綴った「千曲川旅情の歌」に「浅間嶽 にごり酒」がうたわれている。食事の風景に「浅間嶽」がそっと寄り添い、その場がいつもより少し幸せになる。そんな酒を醸すべく日々励んでいる。
長野県小諸市大手2-1-24
TEL:0267-22-0002
蔵見学:不可